インドアGPS(屋内位置情報)システムは、どんなアプリに役立つのか?
アップルが2013年3月24日、屋内位置情報システム技術を持つWiFiSLAMを買収したということで、一般の人にも「屋内位置情報」または「インドアGPS」という言葉が耳に入ってきました。
でも、ここ数日のこのニュース(アップルのWiFiSLAM買収)に関する記事では、「屋内位置情報」がどのように使われるか、具体的に書かれた記事は少ないと思います。
それよりも、まず・・・
「屋内位置情報(インドアGPS)」技術は、アップルが買収しようとしているWiFiSLAM社だけが特に持っている技術ではありません。
そもそもGoogleは昨年(2012年)4月に、インドア位置情報の精度を上げたMapアプリをアンドロイド端末用にアップグレードしています。
Google Launches Android App To Improve Its Indoor Location Accuracy – 2012年4月5日
この時にちょっとだけ「インドア・ロケーション」の応用がブームになったんですが、皆さん忘れたんですかね。
既にGoogleは、世界13ヵ国で、インドア地図を用意した空港・鉄道の駅・ショッピングセンター・博物館・大学などの中で、自分が建物の中のどこに居るのか、ユーザーが確かめられるアプリを提供しています。
Google:Indoor Maps availability
日本では羽田空港、成田空港、中部国際空港を含み、阪急百貨店、ヤマダ電気の一部の店など、が対象になっています。
更に、昨年秋(2012年9月26日)にはWiFiルーター/ネットワーク機器メーカーCISCOが、アイルランドのインドアWiFi位置情報の解析ソフト開発会社Thinksmartを買収しています。
Cisco Announces Acquisition of ThinkSmart – 2012年9月26日
WiFiSLAM社は端末の加速センサーやジャイロセンサーを使用し、GoogleやCISCO/ThinkSmart社が持っている技術よりも、更に屋内位置情報の制度を上げる学習機能を持っていると言われています。
What exactly WiFiSLAM is, and why Apple acquired it
しかし、基本的なところはそんなに変わりません。
従来の衛星電波を使ったGPSでは、位置の制度は3メートル(10フィート)と言われています。これは、+/- 3メートルの誤差ですから、最大6メートル位置がブレる可能性があります。
Skyhookのように特別に装備した自動車で道を走って、その沿道の屋外のWiFi電波のMACアドレスと位置を全て自動収集し、データベースを作ったようなシステムは、その位置精度は衛星GPSよりももっと悪いです。しかも、大きな建物内に設置されている複数のWiFiアクセスポイントは、公道からは電波が検知できないことがあります。そして、WiFi電波が検知できたとしても、建物の外壁から内部奥深くにあるアクセスポイントのGPS位置(緯度・経度)は、精確には決定できません。
3G電波とその基地局の位置を基にした位置測定も、精度は悪いです。
そもそも、建物内部では衛星のGPS電波が到達しません。
屋内ではせいぜい窓から1メートル以内でしか衛星GPSの電波は受信できません。
そこで、「屋内位置情報(インドアGPS)」技術では、位置が既知の3つの屋内WiFiアクセスポイントの電波を端末から測定し、その強度を測定して、三角測量法で端末の(WiFiアクセスポイントに対する)相対的位置をリアルタイムで測定します。そして、位置精度は1メートル以下の精度で位置を決定するのが目的です。
さて、このWiFiアクセスポイントの位置や、建物内部の地図(平面図・立体図)は、誰かが入力する必要があります。
アップルがWiFiSLAMを買収するというニュースの中で、WiFiSLAMの持っている「Mapping Technology」というのが誤解され、あたかも「屋内位置情報(インドアGPS)」技術があれば、屋内の地図が勝手に自動的に出来るかのような錯覚をもっているような転用記事やブログが見かけられますが、そんなことはありません。また、この時に位置確定に使われる屋内に配置されたWiFiアクセスポイントも、Skyhookのように自動車のようなもので自動的にスキャンしてデータを収集し、データベースを集めるようなことを書いているブログもありますが、これも間違いです。
そもそも、室内での位置を1メートル以下の精度で精確に決定しようという「屋内位置情報(インドアGPS)」技術の基礎データベースとして、大雑把に自動車で道をある速度で走りながら空中のWiFi電波をスキャンした、しかも、、+/- 3メートル誤差の衛星GPSで位置を確定した、大雑把なWiFiアクセスポイント位置情報データベースを使ったら、元のデータベースのWiFiアクセスポイントの参照位置が3メートル狂っているかもしれないのに、どうして端末の位置が1メートル精度で屋内位置が得られるのでしょう?
したがって、端末の屋内位置情報を精確に決定するには、入力した建物の平面図・立体図に、正確にWiFiアクセスポイントの位置を、人間が入力していきます。
なお、端末の屋内位置情報は、端末のユーザーがWiFiアクセスポイントにログインしなくとも、端末のMACアドレスだけで判ります。つまり、WiFiアクセスポイント側からは端末のMACアドレスが見えて、その電波が見えます。そのようなWiFiアクセスポイントが端末の周囲に3つあれば、あとは三角測量法で端末の位置が判ります。
したがって、位置だけわかるためには、ユーザーはWiFiアクセスポイントにログインする必要はありません。端末のMACアドレス以外の以外の情報は無く、たとえば、端末ユーザーのメールアドレスやユーザー名は判りませんから、一般にプライバシー問題にはなりません。
これを「匿名モード」と呼びます。
端末がWiFiアクセスポイントの一つにログイン(インターネット接続)している場合には、いろいろな情報をWiFiアクセスポイントを通して 端末に送ることが出来ます。ただし、ユーザーの同意無しに情報を送ることはプライバシー問題になることがあります。したがって、情報をインターアクティブにユーザーの端末に送る場合には、ユーザーに同意を得るために、その場所で使えるアプリにサインインしてもらうのが普通です。
匿名モードでのアプリの例
実際にデンマークのコペンハーゲン空港では、空港内の建物にCISCOのWiFIルーターを複数設置し、Thinksmart社(現在は買収されて、CISCOの一部)のリアルタイム屋内位置情報解析ソフトを使用して、空港利用者や航空機乗降客の建物内での流れをリアルタイムで把握しています。
つまり、空港や駅での人の流れや混み具合が、この屋内位置情報技術で判ります。
CISCO Customer Case Study : Unlocking Game-Changing Wireless Capabilities – 2012年1月
コペンハーゲン空港では建物内の人の混み具合により、セキュリティーゲートの要員数の調整などを行っているようです。
同じようなことは、山手線や東京駅などの鉄道駅での駅員配置の判断にも使えるでしょう。
また、カナダのショッピングセンターでも同じようにCISCO/ThinksmartのWiFiによる屋内位置情報解析システムを使用し、ショッピングセンター内の買い物客の流れを分析しているそうです。
ショッピングセンターの場合には、建物内のどのセクションに人が多く集まるか、人の流れが多いか、が判るので、人が少ないエリアの改善などを計画できます。
また、リアルタイムで分析することによって、人が混んでいるエリアから、少ないエリアに、プロモーションを掛けて移動させるように誘導することも出来ます。
たとえば、現在買い物客の少ない北側のエリアのお店が「時間限定バーゲン」を開始するなど。
更に、カナダのショッピングセンターでは、買い物客の店舗訪問のパターンも分析しているようです。たとえば、「婦人服店Aでは、店舗に滞在する平均時間がxx分」とか、「店内でも、この商品陳列棚の前に立ち止まる客が多い」とか、「どの入り口から店に入る客が多いか」とか。
個々の店舗はこれらのデータを元に、店舗内の商品の陳列計画やマーチャンダイジング計画が可能になります。
今年のプロ・アメリカン・フットボールNFLの最強チーム決定戦、スーパーボールでは、CISCOがVerizon Wirelessと協力し、ニューオーリンズのSuperdomeで7万人の観客のうち、3万人の観客が同時にWiFiを使えるようにスタジアムを整備しました。
A Big Game “First” For Fans of the Super Bowl – 2013年2月14日
筆者がこのニュースを知って思ったのは、「あっ、Superdome球場関係者は、観客コントロールのためにWiFiを使っているのだな。」ということでした。
ユーザー同意モードでのアプリの例
まず、建物内でも1メートルの精度で場所がわかると、端末所有者に対して、その精確な位置に基づいた情報の提供が可能になります。
たとえば、博物館・美術館のようなところでは、入館客がある展示物の前に立ったら、その説明を自動的にユーザーの端末に表示されるようなアプリを開発することが出来ます。更に、展示物に関連したクイズや小ゲームなど、端末に表示して、ユーザーが受身ではなく、能動的にインターアクティブに楽しめるアプリを開発することが出来ます。
実際に、アトランタのFernbank博物館では、既にこのようなアプリが全ての入館者に無料で提供されています。
Innovative New App at Atlanta’s Fernbank Museum Brings Science to Life by Connecting the Past and the Future with New Technology – 2012年11月16日
ホテルのフロントデスクの近くにスマホを持って立ったら、自動的にチェックインできる。お役所や銀行の窓口のそばに立ってその役所や銀行のアプリにサインインしたら、自動的に名前が登録され、順番待ちのキューに登録される。
大学のキャンパスで教室の前に立ったら、その教室での予定授業のスケジュールがスマホ画面に出る。
幕張メッセの展示会で、ブースの前に立ったら、そのブースで紹介されている商品や企業の説明がスマホ画面に表示される。
空港内などで、見つけにくいラウンジや郵便局、お気に入りのお店までの現在位置から道順を教えてくれる。経路から反れたら、音や振動で注意してくれる。
・・・など、屋内位置情報を利用したアプリは、あとはあなたの創造次第です。
更に、商用目的を考えてみます。
自分の興味ある商品や商品のカテゴリーを事前登録しておきます。そして、ショッピングセンターやデパートの中である売り場を通り過ぎると、その商品がその売り場で特売していることをスマホの画面で自動的に教えてくれる、とか。
もっと位置の精度を高めると、食品スーパーで自分が過去に良く購入した商品、たとえば、お気に入りのメーカーのカレールー、が今週特売だったとしたら、その商品の前を通ったときに自動的にスマホが振動して、画面で「xxxが特売中」と教えてくれる、とか。
逆に、良く購入する商品の競合商品を作っているメーカーが、その商品前を通ったときに「一度試してみてください。貴方だけに今日だけ特別、半額セール。」とかの割り引くクーポンをリアルタイムで買い物中に提供する、とか。
これらも、あとは貴方の創造次第のアプリが作れるのです!
屋内位置情報情報システム、筆者としても、これからの世の中が楽しみになる技術で、期待しています!