SprintがT-Mobile USを買収する上での障害


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ソフトバンクが「(子会社である)Sprintを通して、T-Mobile USを買収する可能性を探っている」というニュースがWall Street Journalで2013年12月13日に報道されてから、ちらほらその裏の進展について、推測の報道が流れています。

そもそもSprintがまだ買収案を実際に提案したわけではないので、そういう状態で推測しても時間と労力の無駄なのですが、2014年1月1日(オンラインでは2013年12月31日)にNew York Times誌が社説(The Opinion Pages)でこの件に対して、政府当局が慎重に審査するよう、意見を述べています。
【The New York Times】Preserving Wireless Competition – 2013年12月31日

また、T-Mobile USユーザーの多いサイトでは、買収に反対する声や、実際に買収が起こったらAT&Tに移る、という意見が多くを占めています。
【Tmo News】WSJ: Sprint looking to buy T-Mobile US – 2013年12月13日

本日、Citiのアナリストは、「SprintによるT-Mobile USの買収が規制当局の承認を得る可能性は50%」と述べています。
【BenZingA】Citi Raises PT on Sprint and T-Mobile – 2014年1月3日

Stifel Nicolauのアナリストは、「この買収が規制当局の承認を得る可能性は、難しい」とし、買収のうわさから2週間で約25%値上がりしているSprint株に対し、高値のうちに「売り」を推奨しています。
【The Wall Street Journal】Will the Rally Continue for Sprint, T-Mobile, Or Have Investors Gone Too Far? – 2014年1月3日

Forbes誌も、Sprintの買収は「活性化された市場競争を、逆流させる動き」の理由で司法当局に許可されないだろうとの見解です。
【Forbes】With AT&T And T-Mobile Going To War, Customers Are The Clear Winners – 2014年1月4日

最大の難点は、現在、アメリカの携帯電話業界で、T-Mobile USは2013年3月26日以来、画期的な通信料金体系を開始して、業界をかく乱している「嵐の目」であることです。

● 2年契約を廃止し、いつでも早期解約料無しで解約できるようにした。(適用は、新規契約者のみ。既存契約者は、2年契約が終了するまで、2年契約の残りの期間に縛られます。)
● (2年契約を廃止したために、端末代金の割引をやめたものの)、アメリカにはポストペイド契約ではこれまでに無かった「端末分割払い」を導入。
● 端末を6ヶ月ごとに買い換えることが出来るプランを導入。
● ポストペイド契約者には、海外データローミングを無料にする(ただし、128kbps)。海外通話ローミングも無料。
● iPad/アンドロイドタブレットなどのタブレット端末は、プリペイド契約で月200MBまで無料データ通信。

このT-Mobile USの新しいポリシーは、最後の2つを除いてAT&もVerizonも、そして、一部はSprintも採用せざるを得ない状況に追いやられているのです。

そして、「『MNPでT-Mobile USに転入すれば、相手の早期解約料をT-Mobile USが支払う。』プランを2014年1月8日にT-Mobile USがCESで発表するらしい。」という噂が昨年2013年12月20日にTmoNews.comに掲載されると、
【TmoNews】T-Mobile’s Uncarrier 4.0 announcement to take place on Jan. 8 at CES – 2013年12月20日
AT&Tは先手を取って、本日、2014年1月3日、「T-Mobile USからAT&Tへの転入者に対して、最大$250のT-Mobile US端末下取り代を払い、$200の通信料割引を行う」と発表しました。
【CNet】Temptation: AT&T offers T-Mobile users $450 to switch – 2014年1月3日

つまり、T-Mobile USと、そのCEO John Legere氏(前Global CrossingのCEO、元AT&T Asia PacificのPresident)は、アメリカの携帯業界に改革を起こし、消費者にメリットのあるプランやポリシーを次々に出してきているのです。

それをSprintが買収し、John Legere氏を失脚させると、アメリカの携帯業界から「消費者優先の通信プラン改革が出て来なくなる」というのが、この買収案に対する反対懸念の最大の要因です。
つまり、消費者保護の立場から言うと、この買収は、企業間競争を減らす要因になるので、規制当局は承認しないだろう、ということです。

※ ソフトバンクは、SprintのCEOのDan Hesseと、CEOとしての契約を2018年まで延長したばかりなので、Dan Hesseを失脚させるとは考えられない。
【FierceWireless】SoftBank extends Sprint CEO Hesse’s contract through 2018 – 2013年9月25日

第一、Sprintには
● Sprint ポストペイド
● Sprint プリペイド(主にiPadプラン。プリペイド携帯もあるが、大々的には宣伝していない。)
● Virgin Mobile USAプリペイド
● Boost Mobileプリペイド
● Assurance Wireless低所得者向け携帯サービス
というブランド(事業部)があり、最後のAssurance Wirelessは特別としても、通信料金体系の大きく違うVirgin Mobile USAとBoost Mobileを今後どのように統合していくかが課題です。この統合が失敗すれば、どちらかのユーザーの多くは別のキャリアに転出するでしょう。
それに加えて、T-Mobile USには
● T-Mobile US ポストペイド
● T-Mobile US 与信審査無しのポストペイド
● T-Mobile US プリペイド
● T-Mobile US GoSmart プリペイド
● MetroPCS プリペイド
のブランド(事業部)があり、万が一、買収が成立すると、更に複数の通信料金体系や契約体系をマネージしていかなければなりません。

もちろん、3G通信方式も、SprintはCDMA2000通信方式でT-Mobile USはGSM/W-CDMA方式。LTEの周波数も、Sprinの800MHz(FD-LTE)/1900MHz(FD-LTE)/2.5GHz(TD-LTE)に対し、T-Mobile USはFD-LTE AWS(上り1700MHz/下り2100MHz)と、互換性がありません。ここで、T-Mobile USユーザーに機種変更を強制すると、かなりの人数がAT&Tに転出するでしょう。
逆に、Sprintのユーザーに「GSM/W-CDMA + LTE機」を提供していくつもりなのだろうか。

・・・というようなことを暫く考えていたあと、はっと気が付いたことがあります。
ひょっとしたら、孫正義氏は、ソフトバンク/イーアクセスの事業モデルをSprint/T-Mobile USにも適用し、買収後もT-Mobile USを独立事業部として継続させようというのだろうか?・・と。
しかし、ソフトバンクよりもはるかに加入者の少ないイーアクセスに対し、SprintとT-Mobile USはほぼ互角の加入者を持っており、T-Mobile USを独立事業部として継続させると、Sprintへのネガティブな影響が大きいと思います。
2013年第3四半期ではSprintは約31万人の加入者純減に対し、T-Mobile USは100万人の加入者純増。
あるアナリストの推定では、2013年第4四半期もSprintは約40万人の加入者純減だろうと言われています。
まだ、規制当局としても、そのような(SprintとT-Mobile USが別々に事業ユニットとして継続する)事業形態は好まないでしょう。

第2に、合併後の周波数使用権の保有が極端に増える問題があります。
現在サービスを開始しているかどうかは別として、ClearWireを完全買収したSprintは、多くの地域で291MHz帯域の周波数を保有しています。
これにT-Mobile USの1900MHzとAWS周波数が加わると、AT&TとVerizonは「不当競争」で苦情をFCCに提出するでしょう。
そして、買収条件として、AT&TもVerizonも使用している、または、使用計画のあるAWS(Band 4)周波数は、AT&TやVerizonに売却するよう、規制当局の命令が出るでしょう。

3つめは、MVNOの問題です。
SprintもT-Mobileも、プリペイド契約者とMVNO契約者が40%以上を占めています。
そして、MVNOの数もそれぞれ数十社あります。
SprintのMVNOは3G通信はSIMを使用せず、CDMA2000対応機種の本体をMEID/ESN番号でプログラム(設定)することで、使用できるようになります。
T-Mobile USのMVNOは、SIMを販売し、SIMをアクティベートします。ユーザーは独自所持のSIMフリー機、または、T-Mobile USにSIMロックされた機種を使って、通信します。
これらのMVNOが、どちらかに通信方法を選択余儀なくされたときに、どのような反応を示すでしょう。

第4に、Sprintの実績不足。
いまだに加入者純減を改善できず、約束したLTEサービス拡大目標も達成できないSprintが、他社を買う資格があるのでしょうか?
まずは、自社を立て直してからにしてください。1年早いです。
自社の立て直しも成果を出せずに他の会社を買収しようとしても、消費者にも、投資家にも、認可当局にも、信用が得られません。

SprintがT-Mobile USの買収提案を出したとしても、規制当局の調査には9ヶ月から1年掛かると思います。(買収提案が公式に出たとして)実質的に買収が成立するのは2014年末~2015年春以降。
心配するのは、まだまだ先ですが・・・



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